極甘上司に愛されてます
「でも、根は優しいですよね」
昨日の出来事を思い出して自然とそんな言葉を洩らした私に、菊治さんが眉根を寄せて尋ねる。
「……まさか北見さん、アイツに惚れたのか?」
「え?」
私が目をぱちくりさせると、菊治さんは顔の前にかざした手を横にぶんぶん振りながら言った。
「悪いことは言わん、透吾はやめたほうがいい! 北見さんが不幸になるとこ俺は見たくないから」
「い、いやいや……私、別に編集長のことは上司として尊敬してるだけです! ちゃんと別にカレシいますから!」
「そ、そうか……それならいいんだが……」
安心したように言って、首から下げていたタオルで汗をぬぐう菊治さん。
それにしても、いくら編集長が昔悪ガキだったからって“不幸になる”はさすがに言い過ぎなんじゃ……と、口に出さずに思いながら、ふと腕時計を見る。
「あ、私そろそろ行かなきゃ」
「そうか。今日も頑張ってな」
「菊治さんも!」
少し立ち話していただけなのに、私のおでこや首筋にも汗が滲んできた。
それをハンカチで拭ってビルの中に入ると、狭くて急な階段をローヒールのパンプスで上がる。
そこの二階の、営業部と編集部がパーテーションだけで仕切られた、だだっ広いオフィスに入ると、私はすぐに自分のデスクの電話に手を伸ばし、ある場所に電話をかけ受話器を耳に当てた。
……羊羹を買って行っても、本人がいなかったら意味がない。
あの先生、今日はアトリエにいてくれるだろうか。