極甘上司に愛されてます
急に口数の減った私に気付いているのかいないのか、編集長は特に会話を振ることなく黙って私の隣を歩く。
傘の上で跳ねる雨の音が次第に大きくなって、パンプスの中にも水がしみ込んできてしまった頃に、私の思っていた通りの場所へと到着した。
……普通にうちに送ってくれただけだった。それがわかって、なんとなくほっとした。
「あの……その傘、そのまま持って行ってください」
「いいのか?」
「はい。明日は確か晴れですし、返すのはいつでも大丈夫なので」
「わかった、サンキュ。……じゃあな」
そう言ってこちらに背を向けた彼は、どんどん強くなる雨足にふうとため息をつくと、アスファルトのくぼみにできた水溜りを避けるように歩き出す。
……なんか、このまま帰ってもらうの、悪いような気がしてきた。
編集長の家がどこかは知らないけれど、少し温まっていく時間くらいあるよね……?
「――あの!」
私はアパートの軒下から出て雨の中を飛び出していき、編集長の傘の中に再び入って彼を見上げる。
「……どうした?」
「よかったら、ウチ……上がって行って下さい。お茶くらい、出しますから」
「いや、でも……」
「…………もう少しだけ。一緒に、いたいんです」
……って、私、何言ってるんだろう。編集長、帰りたそうじゃない!
言い出したのは自分のくせに急に恥ずかしくなって、彼が何か言う前に今の発言を撤回しようと慌てる。
「なんて、明日も仕事だし迷惑ですよね! すいません!寒い中引き留めちゃっ――」
て、という一文字は、塞がれた口の中で消えてしまった。
昼間重ねたときよりも冷たく感じる、彼の柔らかな唇によって。
私が自然とまぶたを閉じた頃、彼の手から離れた傘が、地面に落ちる音が聞こえた。