極甘上司に愛されてます
部屋に着くまでの間に、たぶん、他愛のない話をしていたと思うんだけど、私は適当に相槌をうつばかりで全然会話に身が入らなかった。
自分から誘ったし、ハジメテなわけでもないし、いつかは望んでいたことだから、素直に嬉しいはずなのに……
「……お前、緊張してんだろ」
部屋に入って、彼の濡れた背広をハンガーにかけ、窓際のフックに掛けているところで、背中にそんな言葉が掛けられた。
びくっと馬鹿みたいにわかりやすい反応を示して振り返ると、苦笑を浮かべた彼がネクタイの結び目を緩めながら近づいてくる。
「別に無理強いはしねぇよ。俺はヤルことしか頭にねぇ時期はとっくに過ぎてるし、お前が迷ってるなら、今夜は大人しく帰る。……ま、残念ではあるけどな」
……そんな風に言われると、急に寂しくなる。
これがオトナの余裕ってものなの?
それとも、私って、そこまで抱きたい女じゃないのかな……
「……まーたお前は。何を一人で凹んでんだよ」
うつむいていると、ふざけて軽く頭を小突かれたけれど、それでも笑えなかった。
そういえば、この人の元カノはあの美人な留美さんだった。
何気なく眺めた自分の爪に描かれた可愛いリボンを見てたら、そんなことを思い出しちゃったから。
顔もスタイルも気立てのよさも、どう頑張ったって彼女に敵わない私を、抱きたくなんてなるわけが……
「……珍しいな、お前が爪になんか塗ってるの」
爪ばかり見ている私に気付いたのか、編集長がそう言って、私の手を軽く握る。