極甘上司に愛されてます
……そう。
私は今日、記事を見せることの他に、専務に伝えたいことがあってここへ来たんだ。
「……石神専務が来てから、編集部はずいぶんシャキッとしたんです」
私語厳禁とか、部屋が汚いとか、色々と指摘を受けた初日は、なんて意地悪な人が来てしまったんだろうと思っていたけれど……
部署の人数も少なく、もともとアットホームな雰囲気の中、あまりルールとかを重んじない編集長は、上司というより親しみやすいボスって感じで。
職場としてはちょっとユルすぎる環境だった編集部には、ちょうど厳しい専務のようなピリッとしたスパイスが必要だったのかもしれないと、今では思う。
「だから……これからも、編集部はもっともっといい記事づくりができるよう、たくさんお叱りを頂戴したいと思うので、よろしくお願いします!」
ペコッと頭を下げて、笑顔で専務を見つめる。
すると、急に困惑したような表情を見せた専務は、短く鼻から息を洩らして笑い、こう言った。
「……私は前の職場でもこんな風でしたから、感謝されたことなど一度もなかったのに……変なことを言うウサギだ」
……もしかして、ちょっと喜んでる? もしくは、照れてる?
またひとつ、専務の人間らしい一面が見られて、うれしくなる。
「今のは、褒め言葉……と、取っておきますね。それじゃ、これで私は失礼します」
「……ええ。さっきの記事はやっぱり面白かったですよ。反響が楽しみですね」
言葉を掛けられたときには、すでにドアに手を掛けていた私は、専務の方を振り返るともう一度深々とお辞儀をして、部屋を後にする。
そうして廊下を歩き出すと、背中に受けた励ましが全身に行き渡って、力がみなぎってくる気がした。
彼とは最初は絶対に分かり合えないと思っていたけれど、きっとこれからは、うまくやっていけそうな気がする。
そんなことを思いながら、私は足取りも軽く階段を下りて行き、編集部へと戻った。