極甘上司に愛されてます


編集長がどんな気持ちで私を“婚約者”と言ったのかわからないけれど、今はこのお芝居に付き合うのが彼のため……そんな気がする。


「北見さん、よろしく。あ、私ね、こういう仕事してるから、もしよかったら今度お店に来てください」


スッと差し出された名刺には、“ネイルサロンフェアリー 店長 鹿沼留美”と書かれていた。

思わず彼女の指先に注目すると、一本一本デザインの違う凝ったネイルが施されていて、その隙のなさにちょっと気後れしながらも、社交辞令的に笑みを返す。


「ネイル、興味はあるんですけどそこまでいつもお洒落が行き届かなくてお恥ずかしいです。今度是非お邪魔させて下さい」

「うん、楽しみにしてるね」


「じゃあ私たちは食事が済んだからこれで」と、私たちに背を向けた留美さん。
彼氏さんと腕を組み、仲睦まじげに歩き出すその背中を見ていたら、彼女は一度こちらを振り返ってこう言った。


「……透吾。彼女にはちゃんとあのこと言ったの?」


さっきより声のトーンが下がった留美さんに、ほんの少し胸のざわめきを感じながら編集長を見る。

あのことってなんだろう。私は本物の婚約者じゃないから、関係のないことだとは思うけど……

留美さんの質問に、編集長はなんでもないことのように笑って言った。


「ああ、大丈夫だ。……つーか俺のことなんか気にしないで、お前はお前で幸せになれ」


それを聞いた留美さんはほっとしたように表情をを緩ませ静かに頷くと、今度こそレストランを出て行った。

……これで、よかったのかな。

留美さんはスッキリして心置きなく結婚できるってところかもしれないけど、編集長の方はどうなんだろう……


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