極甘上司に愛されてます


「……はい」


力なく返事をした私は、編集長の横をすり抜けてドアノブに手を掛けた。そして部屋を出る直前に、編集長がもう一度口を開く。


「……お前、つまらない意地張ってないで今日は彼氏に連絡とれよ? 体調悪いんだから」


渡部くんに、連絡? ……それはいやだ。脱稿まで一人で頑張るって決めたんだから。

彼は私の具合が悪いことを知ったらきっとすぐに駆けつけてくれる。

……そうしたら、私はきっと甘えたくなってしまう。
せっかくの決意が無駄になる。


「……大丈夫です、一人で」

「北見」

「すいません、今日は早退して、病院に行きます。……あとは、薬飲んでゆっくり寝てればきっと大丈夫なので」


それだけ言うと、私は逃げるように部屋を出て、閉めた扉に背中をもたれてため息をついた。

……編集長が心配してくれてるのはわかってる。
私のためを思ってあんなことを言っているというのも。


「……意地、か」


確かにそうなのかもしれない。でもそうでもしないと、私はすぐにまたお気楽OLに逆戻りだと思うのだ。

意地っ張りでも何でもいいから、今回の仕事は最後まできちんとまっとうしたい。
そして、渡部くんに胸を張って会いに行きたい。

……そのためにも、まずは風邪をちゃんと直さなくちゃ。

私は編集部に戻ると有休届を書いて編集長の机に置き、彼が戻ってきてまた何か言われる前に帰ってしまおうと足早にオフィスを後にした。


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