極甘上司に愛されてます
定時の六時を二十分ほど過ぎて仕事を片づけた私は、まだ仕事中の同僚たちがぱらぱらと残っている部屋を突っ切り、編集長のデスクを目指す。
「あのう、お先に失礼します」
声を掛けた先の彼は、呼んでいた書類から視線を上げると、ごつめの腕時計で時間を確認して言う。
「……ああ、もうこんな時間か。お疲れさん」
「お疲れ様です。あの、明日もし時間があったら、また小林先生のところに謝りに行こうかと思ってるんですけど……」
「ああ? もういいだろう。あの画家は女好きで有名だ。お前、あんまり通うと食われるぞ」
……女好き。
私は、こっちがいくら頭を下げてもにこにこしていたあの美形な芸術家の顔を思い出す。
……確かに、そういう雰囲気がなくもないけど。
私は誠心誠意謝りたいだけだから大丈夫でしょう。
それに、私は今日を境に色恋とはオサラバするんだもん。
あの失敗に区切りをつけるためにも、もう一度ちゃんと謝罪をしておきたい。
「今度はついて来ていただかなくて大丈夫ですから。あの先生が好きなのって、三日月堂の羊羹でしたっけ」
「……栗入ってないやつな」
「わかりました」
編集長にぺこりとお辞儀をして、踵を返す。
足早に会社のビルを出ると、少し冷たい風が頬に当たって、空を見上げた。