極甘上司に愛されてます
だけど、その答えを教えてくれる人なんているはずもなく――。
俺は居心地の悪い家をよく抜け出し、ちょうど向かいに立つ一軒の家へ遊びに行っていた。
『くぉら! また透吾か! ここに描いちゃいかんと何度言ったらわかる!』
『あはは、出た菊爺~!』
『この野郎、爺と呼ぶな! 俺はまだ四十代だ!』
学校からくすねたチョークで塀に落書きをしていれば、百発百中で箒を持って家から出てくる菊爺。
自分の親より年上で白髪も多く、子どものいない夫婦だけの家庭だったから、俺には彼がじいさんにしか見えなくて、昔からそんな失礼な愛称をつけていた。
全然俺を見てくれない両親のもとにいるより、菊爺に怒られている方がくつろげたし、心から笑えた。
『……お前、日曜だってのにまた夜家に一人なのか?』
『うん。だって二人とも仕事だもん』
『ならウチでメシ食っていけ、な?』
『やったー! 菊爺んちの古くさい料理大好き!』
『お前はいちいち一言多い!』と縁側で俺を叱る菊爺を、後ろからくすくす笑って見守る優しい影があった。
菊爺の奥さん、文子(ふみこ)さんだ。
うちの親とは対照的に専業主婦をしていた文子さんは、料理が上手く、掃除が好きで、奥ゆかしく優しい女性だった。
菊爺も、“文子が家を守ってくれてるから、俺が外で頑張れるんだ”と自慢げに話していたし、当時はその言葉を知らなかったけれど、文子さんは“内助の功”という言葉がぴったりと当てはまるような素敵な人だった。
だから、口に出したことはなかったが、俺も文子さんのような家庭的な人をお嫁さんにしたいと子どもながらに思うようになっていて……
つまり結婚相手の女性には、仕事をして欲しくないと思っていたのだ。