極甘上司に愛されてます
『毎日帰ってきた俺を笑顔で迎えてくれて、不満のひとつも言わなかったから……俺はそれが文子の幸せだと信じて疑わなかったんだ。本当に馬鹿だった。そんな己の浅はかさがな……いくら悔やんでも悔やみきれない』
口を引き結んで、涙を堪える菊爺。
今からやり直そうと思っても、文子さんはもういない。
その無念さが痛いくらいに伝わって、俺は何も言えなかった。
『それにな……ちゃんとした会社に勤めておけば、毎年健康診断があるだろう? 今回の癌だって、もっと早い段階で見つけていれば、文子はもっと長く……長く、生きられたのになぁ』
『菊爺……』
理想の夫婦だと憧れていた二人が、こんな結末を迎えることになるなんて……
庭の片隅の、枯れ草のようにうなだれる菊爺を見て、俺はショックを受けていた。
自分の両親は幼い頃よりさらにすれ違っていて、けれど離婚することすら面倒らしく、もはや同じ家に住む他人という雰囲気。
だから、菊爺と文子さんの築きあげた家庭が羨ましかったのに……彼らは彼らなりの、問題を抱えていたんだ。
……いつか自分に大切な人ができたら、俺はどうすればいいんだろう。
サッカーばかりに夢中になっていたその頃の俺にはまだ彼女というものがいなくて、うまく想像ができなかった。