俺様富豪と甘く危険な恋
蓮には砂を踏む音がありがたかった。栞南が近づいてくる証拠だ。ダニエルは栞南が近づいてくると耳打ちしてくれたため、蓮は待った。

ダニエルの支えなしに歩き、栞南の目の前でぶざまに転びたくない。家の中はだいぶ転ばずに歩くようになったが、外となると蓮はまったくの無防備だ。

今ではダニエルかトニーに付き添われないと、何も出来ない。宝石の鑑定はおろか、食事をする時でさえ介助があってもぎこちない。

今蓮が出来るのは取引先との交渉ぐらいだったが、ダニエルとトニーのおかげで、社の者でさえ蓮の視力が失われたことは知らない。

砂を踏む音が途切れる。


「レン……」


震える声で自分を呼ぶ栞南に、どちらにしても苦しませてしまったと、後悔する。


「栞南」


次の瞬間、蓮は栞南に抱きしめられていた。


「ひどい、ひどいよ……教えてくれずに……誤解させるなんて……」


栞南は泣きながら訴える。

蓮にはその震える声から泣きじゃくる栞南が目に浮かんだ。

まだ栞南の顔ははっきりとよみがえる。まだ色鮮やかな記憶も年月が経つにつれて薄れていくのだろうか。

蓮にはそれが一番怖かった。

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