聖夜の忘れ形見
銀行員の初任給が40円、警察の巡査の初任給で15円、日雇労働者の日当が59銭(月額17円ほど)

16歳の小夜にとって、70円は途方もない金額だ


「聞きたいことはそれだけかい?」


両手が自由になり、小夜はふと我に返った


「あ…」


「今度の10月1日に三越が新装開店するらしい。ルネッサンス様式の新館だそうだ」


「え…」


「開店したら一緒に行こうか」


戸惑う小夜に優しく微笑みかける


「はいっ!」


パッと顔を輝かせ満面の笑みを浮かべた小夜を見て、ようやく帰る決心がついた


「それじゃ、本当にお暇(いとま)するよ。また会いにくる」


小夜の後頭部に手のひらを回して引き寄せ、名残惜しそうに額にキスを落とす


「小夜、こっちを向いて」


潤んだ瞳で見上げられ、離したくないと一瞬躊躇した

それでも、小夜が自分のものであると納得させるように何度も深く唇を貪り、腕の中で力なく体を預ける姿に満足して帰宅したのだった
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