君のとなりに
嘘だらけの世界
 私は一人っ子だった。
 父と母は明るくて優しい人柄で、一番下の孫だということで、祖父も祖母も私に異常に甘かった。親戚の中でも私が最も年下で、誰もが私を可愛がってくれた。
 欲しいと言えばなんでも手に入った。愛されていたと思っていたし、今も思っている。

 だけど、子どもながらに知っていた。この空間はどこかギスギスしているということを。
 私がいつもニコニコしているから、この人たちは愛してくれるんだということを。笑顔の対価に、かりそめの愛を貰っていた。

 大人たちがどんなに重たい空気にいても、私が笑えば、みんなが笑ってくれた。私が笑わない日の大人たちは、怖い顔のままだった。

 だから笑っていた。いつも笑っていた。何も分からない振りをした。馬鹿な振りをした。

 いつしか、私は悩みのない子になった。何があっても大丈夫な子になった。打たれ強い子になった。頭の悪い子になった。鈍感な子になった。

 自分以外の誰かが「この子なら大丈夫」と言うようになった。だから自分は大丈夫なんだと思った。「大丈夫」が口癖になった。大丈夫ではないと思ったときは、大丈夫ではない自分が悪いのだと思った。

 感情が少しずつ消えた。笑顔が顔に貼りついた。嘘をつくのが上手になった。嘘を嘘だとも思わなくなっていった。感覚が麻痺していった。

 壊れているということに、もう自分では気付けなくなっていた。

 でも、そんな私を掬い上げてくれた人がいた。私を人間にしてくれた人だった。
 大好きで、大切で、信じていた。―――――そして、簡単に裏切られた。

 私はまた、人であることをやめた。きっと私が弱かったから離れていったのだと思った。
 自分を責めて、涙は枯れた。手首を切るようになり、時々記憶が飛ぶようになった。

 そんな私を掬い上げてくれる人が再び現れた。
 私の欲しいものを無償でくれる人だった。泣かせてくれた。まだ涙は枯れていなかったのだと感動した。心地よかった。だからこそ、一生傍にいたいと願っていた。永遠を馬鹿みたいに約束して、願ってしまった。本物になりますように、と。

 それでも世界は私に残酷で、永遠などはやはりなかった。あの人は簡単に離れていった。離れようとした私をつかまえようとしてくれなかった。これは、私の我儘でもあるけれど。

 また、涙が出なくなった。他人に期待しなくなった。自分の気持ちを言わなくなった。そもそも自分の気持ちなんて存在しなくなった。
 頭の悪い台詞がすらすら出てくるようになった。笑顔が板についた。
 歳を重ねると、そんな私は軽い女になった。愛の言葉が「ヤらせろ」にしか聞こえなくなった。その度におとなしく求められることにしていた。自分の価値はその程度だと思えたからだった。

 ひとりでいるときは、時々涙が出た。自分を殴った。汚い言葉で罵った。どうしてそうするのかは分からなかったし、今もよく分からない。

 時間が経てば落ち着いた。まだ大丈夫だと思えた。

 大丈夫。私は大丈夫だって、何回も何回も思い直して、そんな毎日が続いて本当は。

本当は
本当はね

 息がつまりそうだよって、誰か気付いてって、思っているだけではダメだということはとっくに知っているのに。

知っているくせに。

つないだ掌は、私をつかまえていてはくれなかった。

 それでも誰かを信じられるほど、私は強くなかった。

 さぁ、これが私の人生。
 持田桜(モチダサクラ)、20歳。私は今日もへばりついた笑顔を剥がせないでいる。
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