君のとなりに
「…お前、何やってんだよ。」
「…降谷、さん…。」

 ずかずかと大股で歩いてくる降谷を見つめて瞬きをすると、涙が零れ落ちた。

「…泣いてんのかよ。とりあえず乗れ。」
「…車濡らしちゃう。」
「言ってる場合か。早く乗れ。」

 無理矢理車の助手席に押し込まれた。降谷の上着が上にかぶせられる。

「…大丈夫。寒くない。」
「嘘つき女はこれだから嫌いだ。ガタガタ震えてんだよ。」

 言われてみれば、自分は震えているようだ。寒さは全く感じないけれど、それは身体と心が分離しているからだろう。

「バイトあがった後からずっと待ってたのか?」
「…一旦帰った。」
「で、戻ってきたのか。有り得ないくらい濡れてんだろ、お前。」
「……。」
「女の着替えなんてねーよ…ったく。」

 文句を言いながらも突き放そうとしないでくれることが素直にありがたい。降谷の優しさに涙が出る。

「…なんでさらに泣くんだよ。」
「…降谷さんが…優しい。」
「別に優しくない。降りてもいいぞ。」
「…降りないもん。」
「だろうな。黙って身体あっためとけ。」

 車の暖房が少しずつ身体を温めてくれる。降谷の言葉がじんわりと身体にしみこんでいく。

「…降谷さん。」
「何だ?」
「…ごめんなさい。」
「何が?」
「車びしょびしょにした。」
「びしょびしょにしても、他に頼るところもなかったんだろ。何があったか知らないけど。ろくでもねぇやつのところじゃなく、俺を選んだのは評価できる。」
「…あたしの身の回りの人がみんなろくでなしみたい。」
「お前の身の回りだけじゃなくて、お前もろくでなしだけどな。」
「…いつもの降谷さんだ。」
「泣いたり笑ったり忙しい奴。」

 今度の自分は笑っていたのかと降谷に言われて気付く。まだ笑えたことに、少しだけ安堵した。
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