君のとなりに
* * *

「これ、連絡先なんで…良かったら連絡してください。」
「ありがとうございます。」

 一応受け取る。連絡するつもりもないのに、だ。そしておまけに客に好まれそうな高い甘えた声、そして最高の笑顔もつけてあげる。

「持田ーまたかー。」
「私のせいじゃないですってば。」
「いーやお前のせい。」

 手厳しい店長は男だ。3月末で異動となり、新しい店長がやってくる。聞いたところによると新人の店長らしい。

「持田サンは見た目チャラいっすから~。」

 そう口を挟んだのはバイト仲間の先輩(男)だ。チャラいのはお互い様だ。それに笑顔で貰ってあげたのはもはや癖であって、笑顔にしたことにも高い声にしたことにも何の意味もない。向こうが勝手に意味を見出していたら厄介ではあれども、それを積極的に回避したいとも思わない。その程度には見た目も悪くはなかった。

「ねーねー今日飲みに行こうよー。」

 誘ってきたのはこちらもバイト仲間の先輩(女)である。ふわふわ揺れるボブの髪からはいつも違った匂いがする。

「すみません、今日は先約があるんです。」
「えー持田ちゃん珍しい!なになにー彼氏?」
「ちょっと別の飲み会です。」
「そっかぁー残念。」

 バイト先では店長も含めて仲が良い。だから食事に行くことはよくある。しかし、先約は先約だ。あまり気乗りしなくても、友人が一生懸命セッティングした合コンを潰してはいけないことくらい、薄情な自分でもわかっている。

 バイトが終わって、簡単に着替えを済ませて帰宅する。徒歩10分で到着したマンションの玄関には、見知った人がいた。

「あ、椿(つばき)ちゃん!」
「あー、バイト帰りかぁ。」

 気だるそうに顔を上げたのは4つ年上の先輩である椿だ。椿は仕事帰りのようである。

「椿ちゃん、今日早いね?」

 時計は6時を指している。こんな時間に帰宅している椿は珍しい。

「んー疲れたから早く切り上げた。」
「そっか。」
「で、そっちは何?今日も合コン?」
「今日もって人聞き悪いー。」
「甘えた声出したときは確実にそれ。」

 トーンが自然と下がる相手はあまりいないが、椿はその珍しい相手の一人だと言える。
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