君のとなりに

　強く抱きしめてくれるわけでもなく、かといって薄っぺらくて優しい言葉で慰めてくれるわけでもなく、それでも降谷はただ傍にいてくれた。そのことがこんなにも心を落ち着かせてくれるなんてことを、桜は生まれて初めて知った。誰かが無条件に傍にいてくれるなんてことは、小さい頃以外にもしかしたらなかったのかもしれない。
　ずっと人の顔色を見ながら生きてきた。眉間に皺が寄ったり、口喧嘩で険しい顔になったりするのがわかれば、それに合わせた顔をした。純粋で、何も知らない『女の子』でいた時間なんて、本当はとても少なかったようにも思う。

　こんなにも泣いたのは、きっと彼と最後に会った日の夜以来かもしれない。気付けば2年近く、自分の感情のままに泣くなんてことをしてこなかったことになる。
　あの日、『バイバイ』と言って先に彼に背を向けた自分を瞼の裏に思い返せばまた涙が出た。あの頃から今もずっと変わらずに自分は勝手だと思う。でも、そんな自分でいいと言ってくれた彼の優しさが、好きだったのだともう言葉にしてしまった方が過去にできるようにも思えてきた。恋愛の『好き』とは少し違うかもしれない。それでも彼は永遠に、変わらず、『特別』であり続けるのだろう。

「…降谷さん。」
「なんだよ。」
「…どうしてこんなに優しくしてくれるの？」
「雨でずぶ濡れのやつをそのまま放置しておくのって逆に非道じゃないか？」
「…違う。あたしの言葉を受け止めてくれて、話してくれて…。普通しないよ。ただのバイトに。」
「あのなぁ、まずバイトとして出会う前に、持田桜個人として出会ってんだよ。どうあがいても、俺にとってお前は、バイトの子である前に持田桜個人だ。」
「…よくわかんない。」

　降谷の言葉はわかりにくい。真面目だということだけは何となくわかるけれども。

「…俺だってよくわかんねぇよ。でも、多分単純に、放っておけないんだと思う。危なっかしくて。」
「…降谷さん。」
「今度は何だ？」
「あたしのことが、好きなの？」
「それはない。」
「…ないんだ。」
「その好きって恋愛的な意味でだろ？」

　桜は頷いた。まだ少し、涙が出る。