君のとなりに
* * *

「乗って。」
「…うん。」

 冷静に考えれば、車に乗せられるのも所謂防犯意識的にはアウトな気もする。しかし、降谷に警戒心を持つ方が無理に思えた。降谷に対してだけではなく、基本的に男にも女にも警戒心など抱いていない自分が今更危険に対して意識をもつ方が難しい。
 装飾品もなく、BGMはラジオというシンプルな車内。先に口を開いたのは降谷だった。

「…最寄りの駅はどこ?」
「えっと…〇〇で…。」
「わかった。じゃあ近くなったら言って。」

 降谷の運転は静かだった。スピードもそれほど速くはなく、見慣れた景色が流れていく。降谷の家はそこまで遠くではなかったようだ。

「ねぇ。」
「なに。」
「降谷さんは、どこで寝たの?」
「ベッドではない。」
「なんで。」
「なんでっていう意味がわからない。」
「…もしかして床?」
「床なんかで眠れるほど若くない。」
「じゃあ…一緒?」
「一緒に寝るほど、仲良くない。」

 その可愛い発言に思わず笑ってしまった。すると降谷の眉間に皺が寄った。

「降谷さんって意外と純情?」
「純情じゃなくて、正常。お前が異常。」
「う…。」

 酷い言い草だ。しかし一切反論できないのは、多分その通りなのだからだろう。

「仲良くなったら一緒に寝てくれるの?」
「お前と一緒に寝る奴は、俺じゃないだろ。」
「…降谷さん、きらーい。」
「嫌いでいいよ。つーか嫌いになればいい。」

 嫌い、という言葉の響きは冷たいはずなのに、そう聞こえない不思議。

(…嫌いになればいいって…なれるもんならなってみろみたいに聞こえるんですけど。)

 多分それは大人の余裕ってやつだと思う。年齢的にいえば大人にカウントされるのに、こうして並ぶと全く自分は大人でないことがわかる。それが何だか悔しくて、桜は少し頬を膨らませた。
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