サイレント
今も緊張と不安で足が痺れたような感覚に陥っている。

再び横になった一はしばらくすると穏やかな寝息をたてはじめた。
もちろん、樹里は穏やかになんていられやしない。

そわそわと手を動かしたり、整理する必要のない戸棚の中を整理したり。
極力一を視界に入れないように努力してみたり。

それでも尚、心のどこかで今の状況を嬉しく思う自分の浅ましさに落ち込む。

これは恋ではない。

樹里はそう何度となく自分に言い聞かせて来た。

こんな子供に恋などするはずがない。
今まで付き合って来た男は多くはないけれど、それでも相手はサークルの先輩だったり同級生だったり。
割とまともな恋愛をしてきた方だと自覚している。

だから一に対するこの気持ちは何かの間違いなのだとそう思いたかった。

三時限目終了のチャイムが鳴っても一は起きる気配を見せなかった。

聞いているだけでしんどくなるような咳は幾分やわらぎ、樹里は安心する。

けれど風邪をひいた一にとって冷房の風はよくないのでは、と思い付いた樹里は足音を忍ばせて窓の方へ近寄った。

廊下からは生徒たちの声が漏れだし、一気に賑やかになる。
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