サイレント
ホテルの乱れた布団に包まって樹里と一は身を寄せ合った。

一が樹里の気持ち悪い手首の傷痕にキスを落とす。

「やだっ、」

「何で?」

「だって、気持ち悪いでしょ。こんな傷」

樹里は力いっぱい腕を振り払おうとするが、一の力には敵わない。

「じゃあもうこんな風に自分を傷つけたりしないでよ」

樹里は返事が出来なかった。たとえ一の頼みでももう二度としないなんて約束する自信はない。

樹里は目をつむり、寝たふりをした。

それが通用するなんて思っていないけれど、これ以上その話題を続けたくはなかった。

「先生……おやすみ」

暗闇で一の声が響く。

その日から一の樹里を見つめる顔は男になった。
男というより、雄に近い。

ついこの間まで少年だったのに。

二人きりになるのが怖かった。
好きだから突き放すなんてできないし、一の側にいられなくなるなんて嫌だった。
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