サイレント
雪道の自転車二人乗りはなかなかスリリングだった。

時たまスリップしそうになり一は地面に足をつく。
相沢の家は駅からそれほど離れていない、海に近い場所に建っていた。

相沢の部屋の窓からは海が見渡せる。

一は窓の外に見える寒々しい色の水平線を見つめた。真冬だからか、海岸に人の姿は見えない。

「そういえばイチ、おふくろさんの具合どうなったよ?」

「あ?……ああ、相変わらずかな。まあ平気」

「そっか。あ、お前何か飲む?姉ちゃんが最近柚子ティーとかってやつにはまってんだけどそれ飲むか?」

「うん。何でもいい」

相沢の家に来るのは一年の時以来な気がした。
相沢には確か高校一年の姉と小学校六年の妹がいる。前に遊びに来た時はその妹が相沢の部屋へ入って来て一緒にゲームをした。

一は相沢の部屋を見渡した。漫画や教科書が散らかっていて、壁にはプロ野球選手のポスターが貼ってある。

相沢は一階へ降りていくとしばらくしてマグカップを二つ持って戻って来た。

「瓶に入ったジャムみたいなやつをお湯で溶かすんだけどよ」と言いながら片方を一へ手渡す。

柚子の香りがふわりと漂った。
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