サイレント
相沢の恋心を聞いてやる余裕もなかった。

樹里を見れば触れたくなる。快楽を求めて手を伸ばす。樹里は決して一を拒んだりしない。

今は。……だけど。

「悪い相沢、俺、」

俺。

俺は。お前に味方してやれねーんだ。

「イチ?」

相沢がキョトンとした顔で一を見つめていた。
微塵も疑っていない顔。

自分が恋する保健室の先生と、クラスメイトの一が関係を持っているなんて思うわけがない。

「大事な用思い出した。帰るわ」

言って一はマグカップをテーブルに置き、立ち上がった。

相沢が慌てたように一の腕を掴む。

「イチ!?何、何だよ急に!?」

ごまかす余裕もなかった。

「……マジでごめん」

それだけ言うと相沢の腕を振り切って一は白銀の世界へと駆け出した。

どうしよう。どうしたらいい?

どうしたら相沢の純粋な気持ちに負けないでいられる?
借りてた金を全て返そうか。今すぐには無理だけどバイトして、夏くらいまでには。

それで、金はいらないから、だからこれからも、一緒にいて欲しいって言ってみる?
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