サイレント
リストカットの痕が残る手首は誰にも見せたくない。

そんな樹里に尾垣は一瞬きょとんと首を傾げただけで「それでさあ」と、何事もなかった様に会話を続けてくれたのでホッとした。

「そういえば尾垣先生って女生徒に人気ありますよね」

食後のデザートが運ばれて来たのと同じタイミングで樹里は言った。

「え?あーまあ、そうですかね」

尾垣は謙遜も遠慮もすることなくサラリと答えた。

「生徒に告白されたこととかないんですか?」

「何、気になりますか?」

「別に」

口ごもる樹里に尾垣は意地悪な笑みを零した。
本当に、年下とは思えない。

「ありますよ。二人、かな。一年生と二年生」

「へぇ、断ったんですか?」

「もちろん。まあ、仕事やりにくくなんのは嫌ですから、少しの希望を含みつつ、ですけど」

「……生徒を意識したりすることって無いんですか?告白されて、少し気持ちが傾くとか」

樹里は自然と指先に力が入り、手元のナプキンを握った。他の教師に聞いてみたかった。
生徒を好きになったりしないのか、誰でもいいから同じような経験をしていると共感してくれる人がいるだけで安心出来るような気がした。

けれど尾垣は「まさか」と首を左右に振り、笑い飛ばした。
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