サイレント
その後尾垣は海岸沿いをドライブし、樹里に見せたい景色があると言って沈む夕日の見える丘へ連れていってくれた。

そうして帰ってくる頃にはすっかり日は沈み、夜空には冷たい月がぽっかりと浮かんでいた。

家の前で尾垣の車から降りて、そこで別れた。
尾垣の車のテールランプが見えなくなる前に樹里は背を向けた。

いつもなら一の家で夕飯の用意をしている時間だった。

だから、家の前の駐車場スペース脇に人目を避けるようにひっそりとしゃがむ一を見つけたとき思わず叫びそうになった。

車にいた尾垣からは見えなかっただろう位置。暗闇に光る瞳があった。

真っ直ぐに樹里を射る瞳。

闇に紛れるような黒いブルゾンを羽織った一が立ち上がり一歩樹里へ歩み寄る。

「先生、今の車って……尾垣?」

一は信じられないという顔をしていた。

「ハジメくん、どうしたの?家に来るなんて……何かあった?」

「……先生が来ないから。それより何で尾垣。先生尾垣に告られた?ずっと一緒だったの?」

「違うよ。ただ時間が空いたからって、ご飯食べただけだし、断るのも変だし」

一が唇を噛む。

いきなり肩を掴まれた。

一は何か言おうと口を開くが、途中でやめたように溜息ともつかない息を吐き出した。

「ハジメくん?」
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