サイレント
一は律義にシーツをたたむと立ち上がった。
樹里を振り返って頭を下げ、保健室を出ていこうとする。

「待って!」

一を呼び止めたのは殆ど無意識でのことだった。
自分で自分の言葉に驚き、黙る。

一は樹里の言葉を待つように真っ黒な瞳を瞬きもせずにこちらへ向けていた。
その瞳が自分だけを映すのなら死んでもいい、なんて馬鹿な想いが脳裏を掠める。

「あ、その。私送るよ。ついでに病院にも寄った方がいいだろうし、保険証ある?なくても後で持って来るって言えば平気だよ」

言葉がまとまらない。
変な言い回しになっているかもしれないが、一は気にした風もなく、「金、ない」と短く答えた。

「え?」

「医者代ない」

「あ、そっか。貸すよ?うん。平気、貸す」

「でも……」

そこで初めて一は怪訝な顔をした。
はっとして樹里は言葉に詰まる。何を言ってるんだ。一生徒に対して、こんなことを言うなんてどうかしてる。

樹里はいつだって一に対してどうかしているのだ。

「ごめん……今の、わた」
「鞄、取ってきます」

前言撤回しようとした樹里の言葉を遮るようにして一はそう言うと保健室を出て行った。
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