サイレント
一の家の百メートル手前で一が「ここでいい」と言ってドアの取っ手に手をかけた。

樹里は慌ててブレーキを踏む。車が完全に止まらないうちにドアを開けて降りようとする一に樹里は「待って!」と叫んだ。

もう殆ど樹里に背を向けていた一が億劫そうに振り返る。

「あの、」

「何?」

「もう、会えないの?」

込み上げる不安に押し潰されそうになりながら、樹里は尋ねた。

一が顔を外に戻す。

一が背中全体で樹里を拒否してるように見えた。

「やだよ。私……ハジメくんに会えないの、嫌だ」

怖い。
これっきり一との関係が終わってしまうなんて考えられなかった。

ドアを開けっ放しにしている車内は見る見るうちに冷えていく。
一に「もう必要ない」と言われたら生きていられないかもしれない。

樹里は祈るように一の背中を見つめた。

一が少し俯いて頭を左右に振る。

「……どうやって会うつもり?母さんがいたら家には来れないし、夜家を抜け出すのも難しくなる」

「土日は?」

「……何を理由にして会えばいい?」
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