サイレント
世の中にこんなにもバレンタインを意識している男がいるものだとは知らなかった。

バレンタインにチョコをもらったことはある。
母や同級生の女の子。けれどそれらはいつも義理で、バレンタインに告白をされた経験はまだない。

相沢は給食を殆ど噛まずに大急ぎで食べ終えると強引に一を引き連れて保健室へと向かった。

昨日の今日でどんな顔をして樹里に会えばいいのかわからない一の足取りは重かったが、相沢を一人で保健室に向かわすのも嫌だった。

保健室は賑やかだった。
一年の女子が三人、樹里を囲むようにして保健室の中央にある丸いテーブルに腰掛けていた。

「先生こんにちは」と相沢が少しばかり上擦った声で保健室に入っていく。

相沢の後ろに一がいることに気付いた樹里は一瞬表情を曇らせたが、すぐに笑顔を作って「こんにちは」と挨拶をした。

一年の女子の一人が一を見て隣の女の肩を叩く。

「ねぇっ!今チャンスじゃない?!」

「えー、でも」

「ほらっ、渡しちゃいなよ!」

樹里の顔から表情が消えた。一はそんな樹里から少し離れてベッドの上に座る。ただでさえ罪悪感でいっぱいなのに、さらに一年の女子達の視線が自分に向けられているのを感じて居心地が悪い。
< 153 / 392 >

この作品をシェア

pagetop