サイレント
樹里が一つ返事で承諾すると尾垣は満面の笑みで「ありがとうございます!」と頭を下げた。


「ねえ早瀬さん。走ってみないの?」

生徒たちに熱心に指導をする尾垣を眺めながら樹里は隣に座る早瀬に声をかけた。携帯画面を見つめたままの早瀬は「だるい」と一言発するだけで先程から一向に部活へ参加する気配はなかった。

「何見てるのさっきから」

樹里は早瀬の手元の画面を覗き込んで見た。

「携帯小説」と早瀬が答えるのと樹里が画面を見て息を呑むのはほぼ同時だった。そこには見慣れた画面が映し出されていた。

「先生携帯小説とか読む?これすんごく面白いよ。最近更新あんまりされてないけど」

早瀬は楽しそうに言って携帯を樹里に見やすいように向けた。
早瀬の視線が樹里に向けられる。

「私は、読んだことないかな。元々小説とかあまり読まないし……」

声が震えないように気をつけて答えるが、早瀬の目をまともに見られなかった。

早瀬の携帯に映し出されているのは紛れも無く樹里の書いている一と自分をモデルにした携帯小説だった。

「なんかさー、この主人公金城先生に似てるんだよねー」

ギクリと身体が強張る。

「先生読んでみてよ。赤外線でURL送ってあげるから」
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