サイレント
家の玄関を開けると中は静かだった。
弟のスニーカーはあるから多分、中にはいるんだと思う。
一は不安げに佇む樹里を中に入れると樹里の靴を持って二階の自室まで樹里を連れて行った。

部屋の鍵を閉めて音楽を鳴らす。
これで万が一弟や母がやって来ても樹里がいることを悟られる心配はない。

「そういえば俺の部屋入るの初めてだったっけ」

言いながら一は机の引き出しから普段使っている黒い二つ折り財布を取り出した。中から一万円札を引き抜く。

樹里から借りていた金と小遣いで多少の余裕があった。

樹里はベッドと勉強机とで殆どスペースが埋め尽くされている部屋の中で所在なげに立っていた。

「先生、とりあえず少しずつ返すよ。借りてた金」

「え……」

「今日は一万」

「い、いいよそんなの。私、お金でハジメくんのこと買ってたようなものだし……貸した金額だってきちんと覚えてるわけじゃないし」

それは一も同じだった。樹里から不定期に渡される金を家計簿のようにつけていたわけでもないので金額はあいまいだ。

一は樹里の上着のポケットに一万円を強引に捩込んで樹里をベッドに座らせた。

「じゃあ今度は俺が先生を買おうかな」
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