サイレント
「そんな頃には私なんておばさんだよ……ますますハジメくんとは釣り合わない。本気で死にたくなる」

樹里の肩は小刻みに震えていた。

ハジメが二十歳になれば樹里は三十一歳だ。
女なら、結婚して子供がいるのが理想的な年齢。

一は言うべき言葉が見つからなかった。
勢いでここまで樹里を連れて来たものの、何も出来ないでいる。
鳴らしたCDだけが時を刻んで行く。

「先生は……」

言いかけて言葉を見失う。言葉なんかじゃ伝わらない。言葉に出来る程簡単な感情じゃない。

一は一度立ち上がり、窓のカーテンを閉めた。日の光が遮られ、薄暗くなる。

一はベッドに座り、黙って樹里に腕を回した。

ずっと、樹里を泣かせてばかりいる。

「先生。ごめん、ガキでごめん」

寒い冬の日に置き去りにしたことを後悔する。
腕の傷痕の分だけ傷つけた。

「でも、あの時俺、他に頼れる人が見つからなかった。正直、母親なんて帰って来なくてもいいって、そう……」

ようやく本音を口にしかけたとき、ドアが勢い良くノックされた。

ギクリとしてドアを凝視する。

「お兄ちゃーん」

弟の声だった。一は「何?」と聞き返す。

「お母さんがプリン冷蔵庫にあるって言ってた。食べる?」
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