サイレント
どこまでも暢気な弟の声に樹里の体が強張るのがわかった。一は樹里を抱きしめたまま「今はいらない」と答える。

「ふーん。何してるの?」

「勉強。テスト前だから邪魔するな」

ドア越しの会話が早く終わるよう祈った。
幸い弟は「わかった。ちょっとそこの空き地で勇人君と遊んでくる」と言うと階段を駆け降りて行った。

ホッとして溜め息をつくと、腕の中の樹里が逃れようと動いた。

「先生?」

「私、帰る」

立ち上がろうとする樹里の腕を慌てて掴んで引き戻す。

「離してっ。私に触らないで」

「何でっ」

「ハジメくんは別に、私のこと好きじゃないでしょ。私が一方的に好きなだけで、ハジメくんは、だから、もうやめて」

その言葉に一の中で何かがプツンと切れたのがわかった。

「何だよ!人をこんなにしといてその言い草!」

力の弱い樹里を逃げられないよう壁に押さえ付けて怒鳴った。

「悪いかよ!好きじゃなかったらそんなに悪いのかよ!尾垣に逃げる先生の方が最悪だろ!?」

「逃げてなんかっ」

「俺に構われたくないなら俺の前で泣かなきゃいいじゃん!学校でもすげえ目で見てくんなよ!」

「み、見てない!」

「見てるよ!バレンタインの時なんか俺がチョコ」

パシンと左頬に渇いた衝撃が走り、一瞬何が起こったのかわからなかった。
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