サイレント
樹里に叩かれたと理解したのは数秒後。

「な、にすんだよ」

「ハジメくんなんか、最低」

「どこが!?」

「全部だよ、全部!女に金借りる所とか全部!」

「そっちが貸したんだろ!?」

「だけど普通受け取らないよ!相沢くんだったら絶対受け取らない!」

「何で相沢なんだよ!相沢だって先生のこと狙ってんだからな!」

「意味わかんない!友達のことそんな風に言うなんて最低!」

「何だよ糞っ!!」

あまりに樹里が憎たらしいことばかり言うので一は思わず壁を殴った。
薄いアパートの壁が揺れて樹里がびくっと肩を震わす。

樹里とこんな喧嘩をするなんて思ってもみなかった。年上相手なのにまるで同レベルの言い争いだ。

「……最低。私が断れないのわかってて誘うなんて……最悪」

「まだ言うかよっ」

いらっとして手を振り上げた。叩くつもりはなかったのに樹里がギュッと目を閉じて構える。

その姿に益々苛立ちが募って一は拳を握る。

可愛さ余って憎さ百倍ってこういうことか、とこんな時に国語の授業を思い出す。

わざと大きく息をついて「帰りたきゃ帰れば」と言う。心とは裏腹なことばかり口から飛び出してくる。
< 178 / 392 >

この作品をシェア

pagetop