サイレント
樹里は目を開くと低く「わかった。帰る」と言い、ドアに向かった。

途端に後悔する。

樹里がドアの鍵を開ける寸前で一は「待って!」と情けなく口走っていた。

樹里の動きがぴたりと止まる。

「嘘……だから、今の」

「ハジメくんの本音でしょ?ハジメくんってもっとクールで、他の子達より大人びてると思ってた」

そんなはずない。一は他のクラスメイトと何ら変わらないただのガキだ。
顔付きが無愛想なのと、無駄にでかい身長のせいでそう見えるだけ。

「私、勝手にハジメくんのこと妄想で理想通りに作ってたのかも」

こちらを振り返らずに冷たく言う樹里の言葉が本心だとは思いたくなかった。
一が知る樹里はこんなことを平気で言える人間じゃない。

一は恐る恐る樹里に近づき、肩を掴んでこちらを向かせた。

そこにあったのは今にも泣きそうな樹里の顔だった。

「似合わないよ。そんな冗談」

先程樹里に言われたことをそっくりそのまま返す。

「先生は、弱いって俺知ってる。先生が自分で自分を傷つけてんのを学校で知ってるの俺だけでしょ?」

「……」

「お互い嫌なことたくさん知ってんのに、これ以上隠すことないじゃん」
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