サイレント
「それよりお前、陸上部入れよ。どうせ三年の夏には引退になるんだし、短い期間だろ?第一俺が顧問なんだから」

「何が楽しくて兄貴の部活に入んなきゃなんないわけ」

「俺は楽しいよ。幸子好きだし」

「そーゆー台詞は外の女にだけ言ってなよ」

呆れたように幸子が手をひらひらと振る。
疲れたように窓にもたれる幸子を横目で見ながら尾垣は煙草をくわえた。
ダッシュボードに手を突っ込みライターを探していると幸子がさっとライターを取り出し火をつけてくれた。

「お前はいないわけ?好きな奴」

「はあ?」

「芹沢一のこと、実は気になってたりして」

「ありえないから。タイプじゃないし」

ふうん、と煙と共に呟きを漏らす。

家の前の狭い駐車場にバックで車を入れると幸子はさっさとシートベルトを外してドアを開けた。

「第一、芹沢一って付き合ってもあんまり大事にしてくれなさそうだよね」

冷静にそう言った幸子の言葉は尾垣には意外だった。

「そう?あいつ一途そうじゃない?」

「……わかんないけど。大事にされてたら普通もっと幸せそうな顔してるはずじゃん」

一つ息を吐くと幸子は家の中へと駆けて行った。
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