サイレント
樹里は一の冷めたような物言いに胸が痛んだ。

「一くんは嫌いなの?お父さんとお母さんのこと」

「……さあ。少なくとも子供を置いていなくなるような両親を、大好きとは言えない」

一が唐突に樹里の髪の毛をわけ、首にキスをしてきた。不意打ちの行動に思わず悲鳴を漏らす。

「親なんか信用出来ない」

「ハジメくん……」

「先生は、俺のこと信用してないでしょ。それと同じだよ」

樹里を抱きしめていた一の腕が再び熱を持って動き出す。

「先生はいつか俺が先生を捨てて別の世界で生きていくと思ってる。だからそんなに怯えてる。常に不安な顔をしてる」

「そんなこと」

「あるでしょ?俺だってそうだから。いつ、先生が俺から逃げて他の誰かと結婚してしまうかって、そう思って先生のこと憎くなる時がある」

樹里は驚いて一を振り返った。一の射るような視線が突き刺さる。

「尾垣だけは許さないから」

まるで殺意でも秘めているかのように漆黒の瞳は残酷な程冷たい光を放っていた。

「先生は隙だらけなんだから、もう少し気をつけなよ。だから俺みたいなのにひっかかる」

「ハジメくんこそ、馬鹿だよ。私みたいな女に弱み見せちゃって……」
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