サイレント
樹里が一の首筋に噛み付いた。
鳥肌が立つ。樹里を下にして覆いかぶさる。

「ハジメくんと私の出会いの方が最低だって、自覚してる?」

「そんなの……全部あいつらのせいだ。あいつらがいなくなるから、俺は」

「他に方法はいくらでもあったはずだよ」

樹里の言う通りだ。警察に行ってもよかったし、父にもっと早く会いに行ってもよかった。

けれど、何故かその時の一にはそういった選択肢が無かった。
父を信用してなかったのももちろんだけれど。大騒ぎされたくなかったし、今までの生活を変えたくなかったのもある。

だから、たまたま医者代を貸してくれた樹里に金を借りて生活を維持する方法を選んだ。

その時は樹里が自分を好きだなんて思ってもみなかったし、こうやって同じベッドにいることなんて想像も出来なかった。

「先生、あんまり意地悪なことばっか言わないでよ。また喧嘩したい?」

日が暮れるのが遅くなった空はまだまだ明るかった。樹里の顔に一の影が落ちる。

「俺だっていつまでも中学生じゃないよ」

「そんなの、知ってる」

「親父は母さんと離婚する気満々だけど……俺は親父とは違う」

「離婚って、ハジメくんのお母さんはそれ、」

「知ってる。俺が伝えたから。母さんは意地でも離婚したくないみたいだけど」
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