サイレント
『彼の深い瞳は私をおかしくさせる。まだほんの子供だ。そう、嫌というほどわかっているのに−……』

部屋の明かりを消して真っ暗にし、黙々とキーボードを叩く。
そうしながらも樹里はそわそわとして落ち着かず、煙草に手を伸ばした。

学校じゃ絶対に吸わないが、家では手放せない。
ピンク色のパッケージの箱を振って中身を取り出そうとして樹里はさっき吸い終えたのが最後の一本だった事に気がついた。

どうしようかと少し考えてから立ち上がる。

愛犬のチロを玄関へ連れ出すとチロはちぎれんばかりに尻尾を振って喜んだ。
ここのところチロの散歩をテツにばかり押し付けていた樹里がチロを連れ出すのは久しぶりだった。

首輪に散歩用の紐を取り付けて玄関扉を開けるとチロは勢いよく飛び出した。

いつもの散歩コースの途中にコンビニがあり、たまに樹里はそこで煙草を買う。

チロが嬉しそうに先頭をきって歩く中、樹里は得体の知れない緊張と不安に足どりが重くなった。

もうすぐ、すぐそこの角を右に曲がれば一の家が見えてくる。

夜の8時。野球部である一は遅くても7時には家に帰っているだろう。
人通りの少ない道に、一の住むアパートが見えた。

樹里が今歩いているのはアパートの後ろ側で、窓とベランダが綺麗に並んでいるのが見えた。
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