サイレント
「ただいまー」

明らかに大人の男の声とわかる声だった。
下のリビングのドアが開かれる音がしたかと思うと次に階段を上ってくる足音が近づいて来た。

一が少し緊張した顔で床の樹里の服を拾って樹里に渡す。

「先生、早く着て」

そう言って一自身もクローゼットの中からスウェットを取り出して着るとドアの前に立った。
樹里は着替えながらそんな一を見守った。掌に嫌な汗が滲む。

「おーい。一、いるんだろ。出てこいよ」

一は指で勉強机を指差した。ドアのすぐ横に置かれた勉強机の下は部屋の中に入らないかぎり見えない。

樹里は一の指示通りそこに潜り込んだ。

それを見届けて一がドアを開ける。

「……何だよ」

「よっ。久しぶり」

「何しに来たんだよ」

「何って、お前がなかなかあいつに離婚届書かせてくれないから来たんだろ」

「……」

「つか、何してたんだよ。ドア開けるの遅かったけど」

「別に。寝てた」

樹里は必死に息を殺して身を縮めた。
会話の内容からして相手は多分一の父親だ。

「ふぅん。外で拓海が遊んでたみたいだけど、あいつは?」

「母さんなら仕事か何かだろ。日曜でもたまに仕事入ってるみたいだし」
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