サイレント
一は父が部屋の中に入って来ないように廊下へ出て扉を閉めた。

「とりあえず、ややこしい話なら下で聞くけど」

そう言って父の肩を押し、階段を下りた。四人がけのテーブルの扉から向かって右側の椅子に父が迷いもなく座る。
そこは食事の際父が昔座っていた席だ。
一も手前の椅子に腰をおろす。

「母さん、離婚はしないって言ってたけど」

「……へえ。まあ、簡単に別れてくれるとは思わなかったけどな。昔からあいつ、頑固だし」

「説得なら自分でしろよ。俺は一切関わる気ないから」

「言われなくてもするよ。そのために来た。後、離婚したら俺お前のこと引き取るからそのつもりしとけよ」

「……は?」

父が組んだ手の上に顎を乗せてニヤリと笑う。

「俺の今いる部屋、お前用のスペースあるし。ま、転校はしなきゃなんないけど向こうの方が環境的には便利だし問題ないだろ?」

「勝手に決めんなよ!」

一は大声をあげて叫んだ。父は変わらずその顔に笑みをたたえて一をじっと見つめている。自分勝手この上ない父の考え方が心底気に入らない。
誰もが自分の思い通りに動くと思っていそうな強気な物言いは昔から一の神経を逆なでするものでしかなかった。

父がキッチンに立って勝手にお湯を沸かし始める。

「ま、今すぐとは言わないから。ただ、春休みが終わって新学期が始まる時には向こうの学校へ入れるよう手続きはしておく」

作りつけの戸棚には今もまだ四人分のマグカップが揃えられていた。
それぞれ色によって個々のものとわかるようになっている。

赤が母、モスグリーンが父、黄色が弟、水色が一だ。

「俺は転向なんかしない」

父が自分のと一のものにコーヒーを注いでいく。
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