サイレント
裸足で音をたてないようにそっと階段を下りていくと一の怒鳴り声が聞こえた。

樹里は思わず足を止める。ミシッと踏み板が鳴る。

「俺は転校なんかしない」

薄いリビングの扉の向こう側から一の深刻な声。

「第一あんたと二人暮らしなんか真っ平ごめんだ」

「そう?お前は母親といると疲れるタイプだと俺は思ってたけど」

「……」

樹里は力無く階段に腰を下ろした。二人の話に耳をすます。
一が、転校?
思いもよらない展開に頭がついていかない。

「それでも俺はここから離れる気はない」

「へえ。それってやっぱ前に言ってた女のせい?」

ガチャ。
突然目の前の玄関扉が開いて廊下に光りが差し込んだ。

色の黒い女の人の姿が現れる。

「アラ、お客サン?」

にこりとこちらに笑顔を向けるその人を、樹里は身動き一つ取れずに見上げた。

その人が一の母だと気付くのには5秒程の時間を要した。

スーパーの袋を片手に一の母が狭い玄関に窮屈そうに並んだ靴を確認する。
一のスニーカーと一の父の革靴。樹里の靴は樹里の手の中だ。

「ドウゾ。そこ寒いカラ部屋の中入ってくだサイ」

言いながら一の母は靴を脱ぎ、リビングの扉を開けた。
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