サイレント
一がお金を手にして保健室にやって来たのはそれから更に一週間が過ぎてからの事だった。

昼休み。一人で給食を食べている所に一がやってきて、少しよれた感じの茶封筒を樹里に差し出した。

「遅くなったけど」

そう言って一は椅子に座っている樹里をじっと見下ろした。

一はこちらが目を逸らしたくなるくらい無遠慮に人を見つめてくる癖がある。
自覚しているのかしていないのかわからないけれど、そんな風に見つめられたらたとえ樹里でなくともどぎまぎすることだろう。

樹里はなるべく一から顔を逸らすようにして封筒の中身を確認し、「気にしてないから大丈夫」と言って話を切り上げようとした。

なるべく距離を取る方がいい。
あまり親しくせず、無駄にお互いのことを知り合うことを避け、一が卒業するまでやり過ごせば樹里の平穏な生活を取り戻すことができる。

悩みに悩んだこの数週間。樹里がようやく導き出した答えがこれだった。

このままじゃ自分の気持ちをごまかすことが出来なくなるのは時間の問題で、一を愛おしいと思ってしまうのは目に見えていた。

すでに手遅れな所まで来てしまっているけれど、今なら傷は浅くて済む。
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