サイレント
他の席に移動しようかとも思ったけれど、いまさらそれもしゃくなので、本を開いて文字を追う。

もちろん内容なんて全然頭に入っていかない。

そうやって一人意地になっていると不意に芹沢が動く気配がして祥子は視線だけ上に上げて盗み見た。

芹沢が自然な動きで女の人のイヤホンを片方外して耳元で囁く。

「え、どれ?」

女の人も特に動じる事なく芹沢の問題集を覗き込んだ。

「これ。問5の訳はこれで合ってる?」

「あー、これね。すこし違うよ。ここは単語の意味が、……だから、こっち」

「あ、そっか。わかった。ありがと」

「ううん」

女の人が嬉しそうに笑う。

その顔に無性に腹が立つ。女の人を見つめる芹沢の笑顔も気に入らなかった。

「つか、もうそろそろ出る?親父の所顔出してくるからその後家で昼飯食べよ」

「あ、じゃあ買い出ししとくよ」

「うん。じゃ、一応鍵渡しとく」

祥子は自分の目を疑った。芹沢がキーホルダーのついた家の鍵を女の人の手の上に落とす。

「なに、それ」

無意識に口に出していた。
はっとしたように芹沢と女の人が同時に祥子を振り返る。

芹沢は驚いたように目を見開いていた。

「加藤……?」

祥子はじっと芹沢を見ていた。
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