サイレント
一はキッチンで手を洗うとテーブルの前に座った。
樹里が烏龍茶をグラスに注いで置いてくれる。

「今日は何時までいられる?」

「明日も休みだから、何時でも平気だよ」

「そ。よかった」

引っ越す時にはもう樹里に今まで通り好きでいてもらえなくなるのではないかという不安も抱いた一だが、引っ越す前よりも引っ越した後の方がうまくいっていた。

会うのはほとんど図書館で、たまにこうやってアパートでゆっくりする。

万が一、今日みたいに図書館で今の学校の同級生に会っても、アパートの住人に見られても、樹里が中学校の保健室の先生だと知る者はいない。

堂々としてられるし、なんとでも言い訳ができる環境になったせいか、一も樹里も気持ちに余裕が持てた。

樹里に手を出さないでいることもさほど苦にならない。

初めて樹里とした時は正直その気持ち良さに負けて、会えば手を出していたわけだけれど、今は快楽よりもっと大切にしたいものがあると思えるようになった。

順序がめちゃくちゃではっきりと気付く余裕がなかったけど、この気持ちは相沢が樹里に抱いていた気持ちと同種のものだ。

今はまだそれを口にする資格もないけれど、多分この先も気持ちは変わらないだろうから、今は将来の資格を失わないように頑張るだけだった。

なにせ、時間があまりない。
樹里はもう大人で、一には言わないけれど周りから結婚のことをとやかく言われてもおかしくない歳だ。
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