サイレント
男二人だけの生活するアパートの部屋は必要最低限の家具と飾り気のない物達とで、なんとも色気も味気もない空間となっていた。

そんな中に樹里の置いてったものが暖かみをさしてひっそりと存在する。

それは例えば一の部屋のベッド脇に置かれた薔薇を模ったキャンドルだったり、キッチンにかけられたピンク色のタオルだったり。

そんな物を目にすると一はすぐ側に樹里がいるような気持ちになれた。

「おう。おかえり」

鉄の扉を開けると父がすかさず一に声をかけた。

一昨日の朝、父は退院しアパートへと戻って来た。
これからは通院という形ですむらしく、体調を診ながら職場へ復帰する段取りをたてなくてはならないと退院してきた日に父は話した。

毎月の薬代だけでも高額で、正直家計は苦しいけれど、当分は我慢してくれと。

「ただいま」

家の鍵を下駄箱の上に無造作に置き、スニーカーをハの字に脱ぎ捨てる。

一はそのまま奥の自室のベッドに飛び込んだ。

安いパイプベッドがみしっと軋む。

「明日から夏休みか。いいねえ、学生は」

「受験だから遊んでらんないけど」
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