サイレント
「金城先生、俺と付き合いません?」

「え?」

突然の告白はカラオケ店のトイレの前、というムードのかけらもない場所で行われた。

近くの個室からは熱唱する男性のしゃがれた声が響いてきていた。

夏休み初日の今日、職員の飲み会が開かれ、今は二次会の真っ最中。

「その指輪って彼氏からのプレゼント?」

酔っているのかほんのりと耳たぶの赤い尾垣が樹里の左薬指に光るリングを指差して言った。

「そうですけど」

樹里は誕生日に一からもらったリングを約束通り仕事の時にもつけていた。

「何か高校生とか中学生のカップルがするような可愛い指輪ですね」

ふっと、からかうように言って尾垣が楽しそうに笑う。

樹里は馬鹿にされたようで少しムッとして尾垣を睨み付けた。

「やだなー。そんな怖い顔しないで下さいよ。冗談じゃないっすか。金城先生って以外と短気だったりしますか?」

「別に、怒ってないです」

深夜のカラオケ店の中は個室も廊下もどこもかしこも空気が澱んでいた。

息が詰まる。

職場の飲み会を得意としない樹里は内心早く帰りたくて仕方がなかった。

お酒は好きだけれど、一人で飲む方が断然いい。
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