サイレント
カッとなって樹里は目の前のにやけた顔を思いきり殴りつけた。

「最っ低!!」

殴られた尾垣は地面を見つめていた。

乗せられた自分にも腹が立った。こんなにもあっけなく自分から一の名を口走って墓穴を掘るなんて。

「帰る。さよなら」

樹里は尾垣に目もくれず速足で家まで歩いた。

汚い。

汚い汚い汚い汚い。


家にたどり着いた樹里はそのまま洗面所に向かって砂のついた服を脱ぎ捨て、洗濯機に放り込んだ。

長い髪を一つにまとめてバスルームに飛び込むと熱いシャワーを頭からかぶる。

尾垣が直接触れたのは服から出た部分だけで、後は服の上からだったけれど、それでも嫌で堪らなかった。

一以外の男に体を触られてしまった。

触らせてしまった。

鏡に映った自分の首筋と鎖骨の辺りに痕を見つけて尾垣の言葉が蘇った。

「痕はつけちゃった」

と言って笑ったあの顔。

あんなに嫌な奴だと思わなかった。

鏡にシャワーを向けて自分の姿を消す。


こんな姿、一には見せられない。


樹里は痛いくらい、赤くなるほど体を洗い続けた。
< 264 / 392 >

この作品をシェア

pagetop