サイレント

one

一が自分の言葉にムッとして立ち上がるのがわかったけれど、樹里は追い掛けずに花火を眺め続けた。

一人で花火を見ている人間は樹里以外どこにもいない。

けれど、追い掛けることはしたくなかった。

昼間一の父親に言われたことを思い出すと悔しくてしょうがない。

どんな事情があったにせよ、一時でも子供を捨てた人間に今更つべこべ言われる筋合いはないし、一に捨てられる以外で自分から身を引くという選択肢は樹里には持ち得ない。

それは一も同じだと信じたい。

一にも、他人の言うことを気にして樹里と別れるという選択はして欲しくない。

別れるときは、一が樹里を好きじゃなくなったとき。

そう決めた。

花火も終盤に差し掛かると、渋滞を避けるため早々に立ち去る人々が徐々にいなくなり、人がまばらになった。

花火はラストスパートにむけてこれでもか、という程次々と打ち上がる。

ナイアガラの滝が水面に反射して眩しかった。

一は戻って来ない。
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