サイレント
「だって私のせいでこんな目に遇って……」

一は引き攣って痛みを感じる口を無理矢理開いて笑った。

「なに言ってんの?俺が勝手にキレて暴れただけじゃん。俺さ、腹立つとたまにプツンて飛んじゃって止まんなくなる質だから……」

「違う。私が、私が関わるとハジメくんにろくでもないことばっかり起きる……だから元凶は私なんだよ」

樹里は頭を一の肩に置いて「ごめん」と呟く。

「だから、謝んなって」

周りに田んぼなんてないのによく夏に香る田んぼ独特の匂いがした。

それに混ざって樹里の香水と汗、自分の血と汗の香り。

生々しいくらい生きているという感覚を覚えさせられた。

生きている。

これからも生き続けていく。

この人と。

樹里の薄い肩を包帯でぐるぐる巻きになった手で抱いた。

「先生。今日はもう車で寝よっか」

「……」

「せっかくのベンチシートだしさ」

鼻がつんとした。
辛いものを口にしてもいないのに。

このまま夜が明けなければいいと思う。

明日なんて来なくていい。

このまま闇に溶けてひっそりと。
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