サイレント
「……ただいま」
「あら、お帰りナサイ」
午前6時。
まだ誰も起きていないとたかをくくって家に帰るとキッチンに母がいた。
一はキッチンに入らず、廊下から母の様子を伺う。
パジャマのまま椅子に腰掛けた母はコーヒーを飲みながらインドの雑誌を読んでいた。
表紙だけ見ても一にはさっぱりわからない。
「何で起きてんの?」
「うん。ちょっと早く起きチャッテ」
「ふうん」
「一こそ。友達のところに泊まって来たノ?」
雑誌から目を離さない母は息子が怪我をしていることには気がつかない。
「まあね」
一は母がこちらに視線を移さぬ隙にそれだけ答えて階段を上った。
閉めきっていたせいで蒸し暑くなっていた部屋の窓を開けると外から清々しい風が入って来た。
そのままベッドに倒れ込む。
朝になるまでの数時間、人が滅多に来ない公園の駐車場に車を停めて樹里と寄り添って眠った。
樹里はやけに静かで、目が覚めたらいなくなっているんじゃないか。
そう思って不安になった一は朝までずっと樹里の手を握っていた。