サイレント
祥子が死ぬ程羨ましく思うその場所にいて、どうしてこの人はこんなに不幸そうな顔をしているんだろう。

「私、学校辞めたの……ハジメくんには卒業まで言わないつもりだけど。受験の邪魔だけはしたくないから。それで、ハジメくんから離れようと思う……」

すん、と樹里が鼻を啜る。

「どう……して?」

「……怖くなったの」

何が?

「私のせいでハジメくんの未来が歪んじゃう。しなくていい苦労とか、我慢とかさせて……それでも今はハジメくんも私を必要としてくれてるけど、でも。わかるの」

心が痛い。

樹里の痛みがそのまま祥子に流れ込んでくるようだった。

知らなかった。

「そのうちハジメくんも、気がつく。うんざりする。私といることに……」

両想いでも、片想いより悲しい恋人がいるだなんて。

たった少し、立場が違うだけで。
少し、生まれてくるタイミングが違っただけで。

何にも知らずに羨ましがってた自分が恥ずかしかった。

「芹沢は、そんな奴じゃないと思います」

いつの間にか祥子までもらい泣きしていた。

目の前の樹里の細い手首に触れる。
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