サイレント
「お疲れ様でしたー」

少し昔を思い出して空を眺めていると病院の裏口から樹里が出て来た。

樹里は植木の前に座っている一を見つけるなり険しい顔付きになった。

「何でいるの?もうここには来ないって約束したでしょ」

「病院の中には入ってない」

「何それっ」

「最低っ」と吐き捨てて樹里は駐車場の車を目指す。

一はその背中を追った。

デニムに真っ白な胸の開いたTシャツ姿。
私服の樹里を見るのは久しぶりだった。

「ジュリ。俺さあ、第一志望〇〇医科大なんだ。先輩たちも結構〇〇医科大合格してるし、うちの高校医大進学率高いんだよね」

一は親にもクラスメイトにも医科大を目指していると話したことはなかった。

口に出して失敗したら格好悪いというのとは少し違うけれど、それを堂々と人に語れるほどの自信がまだなかった。

樹里は車のキーが見つからないのか鞄の中をがさごそと探っている。

樹里が今乗っているのはパールホワイトの乗用車だ。

前に乗っていた黒の軽自動車は一と別れてすぐに売ったらしい。

「国立の医科大目指す人はこんな所で油売ってる暇ないんじゃないの?」

そう言いながら樹里が鞄の中から取り出したのはキーではなくサングラスだった。

車は樹里がドアノブに手を差し込むと自動でロックが解除された。
< 329 / 392 >

この作品をシェア

pagetop