サイレント

one

「お、金城先生だ」

順番にノックをしている最中によそ見をしていた相沢が喜々とした声で言った。

一はその声にゆっくり振り返る。

ちょうど樹里が二階の渡り廊下を歩いている所だった。最近、思い詰めたような顔でぼっとしている樹里をよく見かける。と言っても樹里は殆ど一日中保健室にいるので意識して見ようとしなければ姿を見ることはないのだが。

「お前よそ見してんなよ。ボールぶつかるぞ」

一はぶっきらぼうに言ってバットを振った。
わざと相沢の鼻先をかすめるくらいの距離で。

「あっぶねえな!いいだろ別に。金城先生可愛いし見たいじゃん!他の先生なんか怖い鬼ババアばっかでやってらんねーよ」

「つか先生なんかすげえ年上だろ。お前みたいなガキ相手にされないって」

「イチもガキだろ」

「だから、俺は相手にされようなんて思ってない」

軽く振ったはずのバットに当たったボールが思いの他飛んだ。
一年の後輩が慌ててボールを追い掛けて走って行く。ボールは陸上部が練習している所まで転がっていってしまい、後輩は必要以上に走るはめになった。

まだ6時前なのに空はもう薄暗い。
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